何気ない会話のひとことが酔いを吹き飛ばすことがある。
「そういえば山梨くんのお母さんってーーーーー」
僕はウーロン茶を注文した。
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僕は同級生の話をあまり知らない。小学校も中学校も。
その原因のひとつに連絡を取ることに対して異常なほど煩わしさ覚える僕の性格がある。
これが原因で友達は勿論彼女までなくしてしまったわけだが、そんな僕にも古い友達はいた。
山梨はサルみたいなやつだ。
彼はすばしっこさが取り柄の清々しいヤツで、中学校まで俺と同じ学校だった。
当時の僕が好んで行った遊びのひとつに「ルーフトップゲッター」というモノがある。
ひたすら人様のマンション屋上制覇を目的とする今のご時世だと通報されてもおかしくないスリリングな遊びだ。
その第一人者が僕で山梨はその仲間。ちなみにメンバーは総勢2名という非情な規模の勢力だった。
原付の旅とかいろいろ無茶をしてきた僕だけど、それらの遊びは全部、理性的な僕がどこかで自分を監督した上で行っているつもりだ。
要するに自分に危害が及ばないラインを毎回打算して瀬戸際を楽しんでる。
そういう冷めた人間なんだけど山梨はどこか本気で遊びに熱中しているようで、
僕は本気でこいつはバカなんじゃないかと思った。
山梨は女の子に人気があった。
僕はそういう子に、山梨との仲を取り持つように相談されたことがある。
快諾した僕は山梨との何気ない会話の中に異性への興味を問いかけたが反応は白けたものだった。
具体的な人物名を出しても反応は薄かった。
実は僕自身がその子に少し好意を抱いていたから、その価値も理解出来ず断る山梨がわからなくて、
僕は本気でこいつはバカなんじゃないか思った。
中学を卒業して別々の高校に入っても、僕はこいつとだけは遊んでいた。
会話のレベルが低すぎて、
僕は本気でこいつはバカなんじゃないかと思った。
山梨は高校を卒業したあと警察になっていた。
友人として誇らしかった。
その数週間後、新聞で山梨の母親が癌で亡くなったことを知った。
それからも何度か山梨と遊んでいるが、未だに彼の母親に関して話してくれたことはない。
僕は本気でこいつはバカなんじゃないかと心底思った。
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帰り道。楽しい酔い加減がすっかり白けた僕は家の前でため息をつく。
飲みきれなかった焼酎の瓶を持って帰ってきたことを後悔した。邪魔すぎる。
ふと周りを見渡すと山梨のマンションが見えた。
居ても立ってもいられなくてマンションの柵にしがみつく。
数年ぶりの「ルーフトップゲッター」が始まった。
行程を反芻して次の柵に手を伸ばす。1-2階の踊り場に侵入成功した。
そのまま11階まで運動不足のちびデブが走り出す。
正直吐きそうだったけど止まったら負けかなと思った。
11階まで来ると、屋上へと続く斜めにカットされた壁があることを知っていた。
だけどそこには、昔までなかったフェンスと鉄条網があった。
僕は本気で僕がバカになれたらと思った。